自己紹介

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東京都中野区を拠点に活動中。 2002年よりFESN(カメラマン) 2008年よりDiginfo(映像編集) 2009年より理学療法士養成校に入学

フィジセラBlog

2009年1月31日土曜日

2009年の雨

昔は比較的雨の日が好きだった気がする。
今でも、晴天の日よりも雲が多い方が気分が落ち着くような気がするし、ギラギラの太陽が昇っているよりは雨の方が好きだ。

けれど、最近は雨が降っていると現実的に面倒だと思うことが多い。
実際、外に出るのが億劫になるし、外に出てても傘が邪魔になり、靴が濡れ、ズボンの裾が濡れて、湿気が多くて、なんとなく不潔な感じさえする。

一番困ることは運動が出来ないことだ。
最近は熱心に走っている。
中学三年生サッカーインターハイが終わり、陸上部の先生にメンバーが足りないからとスカウトされ駅伝を走るために練習していた時以来だと思う。
もちろん高校の部活動で走ってはいたけれど、熱心にランニングだけしていたわけではない。

週に約4回、10キロ、月に160キロ。
でも中学三年生の時の方が走っていたかも。少なくても毎日20キロ以上走ってたような気がする。

だから雨が降ると走ることが出来ないので辛い。
そんな時は髪を切りに行ってプールでも行こうかな。

2009年1月14日水曜日

箱根湯本


今年初めての3連休
   初めてのロマンスカー
   初めてのロープウェイ

初雪、初温泉、初箱根彫刻の森美術館

何でも初が付いてしまう一月、去年の今頃は考えてしまう年末年始、年々時間の流れは速くなっていくと。

定年退職したおばさんの話  「朝、布団をたたんだと思ったら、また布団を敷いてるよ」

3年間、大殺界を乗り切る自分のテーマはミニマムな生活

毎日確実に自分に与えられた課題をこなす生活の中で見出すもの
これから過ぎる3年という月日が自分に与えるものをより大きくするために

とりあえず大涌谷から吹き出る噴煙と硫黄で厄払いしてきました。

2009年1月6日火曜日

新年


明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

今年の年明けは地元福島県いわき市を訪れていました。

 

毎年恒例となってしまった年末に体調を崩すという悪い癖が今年も・・・

きっちりとクリスマスを過ぎてから5日間、寝込んでしまいました。 


一年の疲れを落とすべくゆっくりと静養してから里帰りし2009年を無事に迎えました。


自分にとっての激動の2008年、流れてしまえば一瞬の出来事。それでもじっくりと思い起こせば多くの出来事が甦ってきます。新たな一年、発展を求めて日々精進していきたいと思います

 

上の写真は毎年恒例の中央台北中学校卒業サッカー部と二つ下の部員の面々。


十四年前、あの時期の事、鮮明に全ては思いだせないけれど、今こうして集まれる仲間がいるということは、あの時、不器用でも一つのことにそれぞれが本気で取り組んでいたからだと、そう思います。

何十年後、言葉を交わさずとも、薄い壁さえ見えない関係、これからも、今年もお互い頑張りましょう。




2008年12月9日火曜日

草明戦観戦


先日の日曜日は伝統の一戦と言われる草明戦を観戦しに国立競技場に行ってきました。

気温がいっきに下がるという予報を信じてダウンジャケットと水筒に熱い日本茶を入れ、防寒対策バッチリの状態で一人テクテク国立競技場へと。

国立競技場の中に入るのはこれで3回目。1度目はトヨタカップ(サッカーの試合)を見に小学生の時、2回目は神宮の花火を見にきてあまりの人の多さに競技場の中へと避難、2回とも自分の意思ではなく成り行きで(結果的に)足を踏み入れました。

今回はというと・・・。

ある日突然、ラグビーの試合が見たくなったのです。
特に国立競技場でないといけなかったわけではないので、また今回も結果的に足を踏み入れたというわけです。

ではなぜ今になって急にラグビーの試合を見たくなったのか?
もう10年も離れていたスポーツに興味を持ったのか、しかも国立競技場にまで足を運んで?

という疑問は観戦を終えた今でも分かりませんが、緑の芝生の上でプレーする選手を見ていてとても羨ましく思いました。自分ももう一度プレー出来たらと(こんなこと言える立場ではありませんが)

これからも開いた時間をみつけて見に行きたいと思います。

(高校時代のラグビーのユニホームが明治と同じカラーだったので明治を応援しました)

2008年12月1日月曜日

MAO


ずんずん読み進めて、あっという間の上、中、下。
ワイルド・スワンにどっぷり浸かってしまったこの頃でした。

自分の生まれるわずか3年前まで続いていた文化大革命という名の大静粛。数々の塗炭の苦しみは遠い昔話のように聞こえたり、又は現実には存在しない作り話のように感じてしまいますが、文化大革命が行われていたのは1966年から77年自分の母親と同じくらいの時代を隣の国で過ごした著者、一つの海を隔てて同じ時代、時間を生きたとは信じがたい現実が語られていました。

ワイルド・スワンの中でも所々、垣間みることがありましたが、毛沢東という人物像、なぜ広大なアジア大陸において中華人民共和国を設立することが可能だったのか。国民党、共産党を巧みに操ったモスクワの存在。様々なチナマグサイ編み目をかいくぐり毛沢東はトップにのぼりつめたのか。

ワイルド・スワン 激動の中国を生きた親子三代の物語 その時代の真相を知るべく、ユン・チアンが十年という歳月を掛けて書き上げた毛沢東の真実『MAO』を読み進めています。

2008年11月12日水曜日

MOVE with Wild Swans


昼か夜かも分からない部屋で過ごした4年間、秘密基地のようで結構気にってはいましたが、遂にお別れです。
窓のない半地下生活、思い起こせば沢山の思い出が、どこにも詰まらないくらいあります。まだまだ先は長いけれど、何十年経っても特別な想いが、僕の中と空気の循環が無いあの部屋にはずっと残るような気がします。


そして新しい部屋は今までの窓ない生活を取り戻すかのように四方を窓に囲まれた部屋で、カーテンを買うのに苦労してしまうほどです。

そんな引っ越しの最中、おもいっきりの見込まれている世界が1800年後半から1900年後半の中国共産主義世界「ワイスド・スワン」本の長さからか、何度か挫折していたこの本、そんなことが信じられないくらい今はもの凄い勢いで呼んでます。
  
とても美しく崇高に感じる時代もあれば、絶対的権威に脅える時代、激しい動乱の中の物語もあと少し、早く読んでしまいたいような、読みたくないような・・・。

それより、荷物を片付けなくては。

2008年10月23日木曜日

ジョルジ・ジョルノ

本日押し入れの中を片付けていました。
知らぬ間に荷物というものは増えていくものですね。

その中でも驚くのが洋服、気付くと同じような形や色の洋服が沢山。
けれど、数年前と明らかにちがうのが、洋服のサイズ、今袖を通してみるとどれも大きなモノばかり、時代も変わり、洋服のチョイスも変わり、とこれは自分だけでしょうかね?

それと大変なのがVHS、今まで揃えた百本近いVHSをどうすべきか?相当、迷ったあげく、八割近くを捨てることにしました。ここ数年見てないという事と、多くがDVDで再販されていること。

まあ後は捨てないことには新しい運気が入ってこないと聞いたことがあるので。

それにしても、片付けをしてると懐かしく思うものと、目を背けたくなるもの年を重ねれば、少しずつ全ては薄らいでしまうけれど、僕の場合、何故かほろ苦い思い出の方が鮮明に憶えていたりします。
とても濃いけれど、毎朝飲みたくなる、代々木八幡のジョルノのコーヒーみたいです。