自己紹介

自分の写真
東京都中野区を拠点に活動中。 2002年よりFESN(カメラマン) 2008年よりDiginfo(映像編集) 2009年より理学療法士養成校に入学

フィジセラBlog

2010年2月27日土曜日

travel blue


青い海と近い雲、地平線に沈む太陽。
あの瞬間に時間が止まればいいと何度思ったことか分からない、楽しい時間は一瞬で終わる、今までの経験からそんな事は、当然知っている。




 今回のメインイベントは古宇利島を一周マラソン、正直「旅行とマラソン」自分で計画しておきながら、不安だったけれど、太陽が照りつける中、真っ青な海を見ながらみんなで走れたのは、結果的に最高の思い出になった。それに一足早い海で泳げたことや、久しぶりのキングタコス、単調な味付けと量で勝負する沖縄料理、お腹と気持ちの両方を満たしてくれた。









 そして今は修学旅行から帰ってきた夜に一人ベットの上で感じた喪失感、そんなぽっかりと穴のあいた気持ちを埋めるようにこの文章を書いている。










 明後日からのカリフォルニア(ナパ)の旅、どんな出会いがあるのか、楽しみというよりも今はまだ沖縄の青い海と一緒に行ったみんなの笑い声の中で居たいような気がする。


2010年2月21日日曜日

Last day


一年間お疲れさま。
本当に良いクラスだった。
最後まで残ってくれてた人ありがとう。
あの教室で流れていた空気、いつまでも忘れません。
そして、まだまだ険しい道のりは続くから、感謝の五文字より、一文字すくない
「よろしく」で締めくくりたいと思います。

そして、一年間のご褒美にOKINAWA trip!楽しもう。
そして、そして、撮影の仕事で8年ぶりのアメリカ、今回はカリフォルニアのナパバレーっていうずいぶんとマニアックな土地に行く予定。

2010年2月14日日曜日

言わずと知れたこのメンツ。



その中の一人、my menの中平健児がこの地、中野を後にする。
思い起こせば、健児と初めて会ったのは2006年のスケートツアー。
同じ年だったことや健児のスケートパフォーマンスの高さ、そして何よりその人柄の良さが俺の興味を引きつけた。

BEHIND THE BROAD、underground broadcasting、ON THE BROAD、overground broadcasting、の4作に渡り、俺たちはスケーターとカメラマンとして同じ目標に向かい、親密な時間を伴にした。

FESN


親密なんて簡単な二つの言葉で語れるような時間ではないけど、それは俺たちの心の中だけで分かってればいい事だと思う。それにあのFESNの
4作に渡りその記録は残ってる。いつまでも輝き続けるはずだ。


特別な時間はいつかは終わる。
そしてまた違う種類の違う特別な時間がやってくる。

またいつか、二人の太い線が交じあうまで元気で。

2010年2月5日金曜日




今年初めての山登り、今回は東京の端にある陣場山、高尾からバスを乗り継ぎ、往復7時間の道のり、山はいつでも都会で疲れた心と体をリセットしてくれる。






写真は実際に見た景色を上回れない、新鮮な景色は二つの眼球を通して見るというよりは全身を使って感じるに近い、人が全身で感じる景色を手のひらサイズのカメラ(機械)が上回れるはずがない、けれど残念な事に機械は記憶という面においては人を遥かに上回る。(人の記憶はあまりにも不鮮明で容量が少ない)





 今でも写真を見れば、あの景色が鮮明に蘇る、一枚の写真の裏側にある汗や筋肉痛、山頂でのカップラーメン、サウナと冷水、月明かりだけを頼りに歩いた坂道、暗闇で威嚇された猿の鳴き声、全ては時の中に消えていく記憶、少しでもその時間を送らせたい、そう思う。



2009年12月14日月曜日

Xmas会









今年一年間を通して、参加してきた練馬肢体不自由児者父母の会さんとのボランティア活動、一年間の中で一番大きなイベントとされてるクリスマス会が行われた。忘年会、テストや提出

物、いろんなものが重なり、かなり忙しい中での開催ということもあり、ボランティアの参加者を集めるのにとても苦労した。



なにか人にして欲しいことがある時、まず始めに何をすべきか。

それは自分がして欲しいと思うことより多くのことをすること、人に何かして欲しかったらまず、自分が何かをしてあげる。率先して面倒なこと、人がやりたがらないようなことをすることで、初めて人の心を動かせる。

今回、人を動かすことの難しさを改めて実感した。


本当にクラスの多くのみんなに参加してもらって最高に嬉しかった。

まじでありがとう。


会が始まって、まずオープンングから、僕の心は鷲掴みにされた。正直、ありきたりなクリスマスソングに合わせたミュージックベル、なぜそんなに心に響くのか、なぜ目頭が熱くなってしまうのか、分からなかったし、その答えは障害者の人が一生懸命やっているから、なんていう単純な答えではないような気がした。僕は途中から答えの出ない考えをやめて体で感じることに集中することにした。答えが明確にでないことだってある。

ただそれは満点の星空を眺めれば綺麗と感じるように、純粋に僕の心に届いたっていうことなのかもしれない。


その後も手話ソング、

やサンタクロースからのプレゼント、ボランティアによるゲームと順調に流れた。

会の人やボランティアに参加した方からの感謝の言葉が全ての苦労を帳消にしてくれた。


反省会でも言ったことだけれども、何故自分がここまでの労力を使ってこのボランティア活動に取り組んでいるのか、ふと疑問に感じたことがあった。

現実的な利益はなにもない、誰にも評価されない、そんなことに対して自分がここまで熱心し取り組んできた理由。


その答えは直ぐに思いついた。それは、僕が初めてこの会に参加した時の障害者を持つ親御さん達との会話にある。

なぜ障害者の親になったのかは誰にもわかない、それを自分に置き換えて考えたとき、僕は果たして前を向けるだろうか、僕はそんなかってな八方ふさがりな想像をしていた。だから僕は正直な意見を親御さん達から聞きたかったし、会に参加したからには聞くべきだと思った。

きっと暗い話が多いと、かってに思っていたが、そこには一つも後ろ向きな意見はなかった。むしろ、前へ進む意見や、とても明るい話題を提供してくれた。


そんな会話が今でも僕を動かす力となっている。



2009年12月10日木曜日

何を言わないか

「何を言うかではなく、何を言わないか」

確かにいま、自己主張が大事とされているいま、何を言わないかという言葉には考えさせられた。
全てを口にするのではなく、何か言わないことを自分の中で決めることで得られるモノもあるような気がする。

自分は何を言わないか。確かにある、それはここではもちろん言わないが、何かを言わないことで得られるモノを前進する力に変えていければと思う。

いろんなことが可能になったいま、不可能であるからこそ価値があることだってあるはずだ。

2009年11月30日月曜日

Do you know the word? It's art


 

人は時として無駄なことをしている。そして僕も多くの場合、無駄なことを沢山しているような気がする。
無駄なことと無駄でないこと、とは何か、どんな基準があるのか考えてみた。

意外と直ぐにその答えを定義するのは簡単だった。

無駄でないことは、行った行為に対して自分に見返りがあったか、して良かったと思えるか。

そう考えると自分のしていることに無駄は少ないような気がする。

先日、フランス大使館で行われているアート展?的なイベントに行ってきた。フランス大使館はとても古い建物らしく、今回立て直しを行うらしい、その最後のイベントとして、来年の1月末頃まで解放し、様々なアーティストと呼ばれる人が会場好きなことをしていた。
その中には一見して、無駄と思えることが多数存在した。
少なくとも僕はそういったことに時間は裂かないと思える行為だ。
一体誰が何のために、そんなことをするのか?どんな意味があるのか?
その答えは見つからない。
そんな無駄に思えることこそが、真の意味を与えてくれると僕は信じている。

「アート」世の中でもっとも曖昧で危険な言葉で、正当な意味をなす場合とてつもなく魅力的だ。