青い海と近い雲、地平線に沈む太陽。



今年初めての山登り、今回は東京の端にある陣場山、高尾からバスを乗り継ぎ、往復7時間の道のり、山はいつでも都会で疲れた心と体をリセットしてくれる。

写真は実際に見た景色を上回れない、新鮮な景色は二つの眼球を通して見るというよりは全身を使って感じるに近い、人が全身で感じる景色を手のひらサイズのカメラ(機械)が上回れるはずがない、けれど残念な事に機械は記憶という面においては人を遥かに上回る。(人の記憶はあまりにも不鮮明で容量が少ない)
今でも写真を見れば、あの景色が鮮明に蘇る、一枚の写真の裏側にある汗や筋肉痛、山頂でのカップラーメン、サウナと冷水、月明かりだけを頼りに歩いた坂道、暗闇で威嚇された猿の鳴き声、全ては時の中に消えていく記憶、少しでもその時間を送らせたい、そう思う。


今年一年間を通して、参加してきた練馬肢体不自由児者父母の会さんとのボランティア活動、一年間の中で一番大きなイベントとされてるクリスマス会が行われた。忘年会、テストや提出
物、いろんなものが重なり、かなり忙しい中での開催ということもあり、ボランティアの参加者を集めるのにとても苦労した。
なにか人にして欲しいことがある時、まず始めに何をすべきか。
それは自分がして欲しいと思うことより多くのことをすること、人に何かして欲しかったらまず、自分が何かをしてあげる。率先して面倒なこと、人がやりたがらないようなことをすることで、初めて人の心を動かせる。
今回、人を動かすことの難しさを改めて実感した。
本当にクラスの多くのみんなに参加してもらって最高に嬉しかった。
まじでありがとう。
会が始まって、まずオープンングから、僕の心は鷲掴みにされた。正直、ありきたりなクリスマスソングに合わせたミュージックベル、なぜそんなに心に響くのか、なぜ目頭が熱くなってしまうのか、分からなかったし、その答えは障害者の人が一生懸命やっているから、なんていう単純な答えではないような気がした。僕は途中から答えの出ない考えをやめて体で感じることに集中することにした。答えが明確にでないことだってある。
ただそれは満点の星空を眺めれば綺麗と感じるように、純粋に僕の心に届いたっていうことなのかもしれない。
その後も手話ソング、
やサンタクロースからのプレゼント、ボランティアによるゲームと順調に流れた。
会の人やボランティアに参加した方からの感謝の言葉が全ての苦労を帳消にしてくれた。
反省会でも言ったことだけれども、何故自分がここまでの労力を使ってこのボランティア活動に取り組んでいるのか、ふと疑問に感じたことがあった。
現実的な利益はなにもない、誰にも評価されない、そんなことに対して自分がここまで熱心し取り組んできた理由。
その答えは直ぐに思いついた。それは、僕が初めてこの会に参加した時の障害者を持つ親御さん達との会話にある。
なぜ障害者の親になったのかは誰にもわかない、それを自分に置き換えて考えたとき、僕は果たして前を向けるだろうか、僕はそんなかってな八方ふさがりな想像をしていた。だから僕は正直な意見を親御さん達から聞きたかったし、会に参加したからには聞くべきだと思った。
きっと暗い話が多いと、かってに思っていたが、そこには一つも後ろ向きな意見はなかった。むしろ、前へ進む意見や、とても明るい話題を提供してくれた。
そんな会話が今でも僕を動かす力となっている。
