自己紹介

自分の写真
東京都中野区を拠点に活動中。 2002年よりFESN(カメラマン) 2008年よりDiginfo(映像編集) 2009年より理学療法士養成校に入学

フィジセラBlog

2010年11月22日月曜日

utau kujira

村上龍の最新作「歌うクジラ」を読んでます。
是非、電子書籍で坂本龍一の音楽と共に読みたかったのですが、デバイスを持ち合わせてなかったので、書籍化されるのを待ちました。

5分後の世界、ヒュウガウイルス、半島を出よ、に続く作品だと思いますが、今回はより一層に暗いイメージが強いです。全体的に日が昇らない大地を想像させ、淀んだ空気と異臭がします。まだ上を読み終わったばかりなのに、すっかりと歌うクジラの世界にどっぷりです。

電子書籍では、場面事に坂本龍一の音楽が流れるそうですが、大変気になります。いつか小説と合わせて聞いてみたいです。

村上龍の活動はJMM等を通じて日々目にしていますが、いったいどの時間を使って、こんな作品を完成させているのか、不思議でなりません。

物作りのスピードと質、そしてなによりも全てのタイミング。
電子書籍の使い方と社会に対する姿勢。

とても参考になります。





2010年9月29日水曜日

人生とピーマンと遺伝子


人生で初めてピーマンを自分の意思で買った。

今までピーマンを食べたいと思ったことは一度もなかった。嫌いな食べ物はピーマン、アスパラ、セロリ、パセリ、ブロッコリーetcと緑の野菜が苦手だった。しかし、朝がくれば空が明るくなるように、ある時すんなりとそれら全てを食べられるようになった。しかも、美味しいとさえ感じるようになったのだ。

みなさんも嫌いな食べ物や苦手な食べ物が一つぐらいあるだろう、それらが急に食べられるようになり、むしろそれらを欲しているとしたら、どう感じるだろう。

そこに何か因果を感じても不思議ではないだろう。


そして、ふと父親のことを思い出した。

父親も同じく30代頃に野菜が急激に好きになったということを聞いたことがある。自分のイメージでは父親はとても痩せていて、よく夏になるとセロリを生のままボリボリ食べながらビールを飲んでいた。ある時はピーマンを素焼きして醤油を垂らして食べていた。

当時の自分はピーマンの香りを嗅ぐだけて吐き気がしていたので信じがたい光景だった。そんな自分がピーマンを買い、細く切って牛肉と痛めてボリボリ食べている。未だにアルコールは強くないが、そこに何らかの遺伝子を感じざるおえない。


良くも悪くも似た遺伝子を持っているようだ。言い換えればカルマとでも言うのだろうか。

父親とは長らく連絡をとっていないが、この事実を伝えたいと、ふと空気が冷たくなった今日この頃思った。


2010年8月18日水曜日

In sonoma

今回の撮影はソノマを中心に行っている。

2泊程napaのホテルを梯子して、やっとソノマのレントハウスに到着して3日目。

ようやく時差も吹っ飛んで快調な日々が訪れている。


日曜日は撮影の予定が入ってなかったので、ふらっとダウンタウンへ足を運んだ。napaとはまったく違う赴きで、スクエアーの街がシンプルに栄えていて、一目でnapaより気に入った。


田舎ではあるけれど、研ぎ澄まされた空気が流れていた。もう何年もこのスクエアーは変わっていないんだろう、ずっとある風景と空気、街を歩く人の気持ちが均一に保たれていて、排他的な空気が流れていない、物がありすぎない気がする。

そして、街を歩くとアートギャラリーの多さにビックリする。絵を描く人や彫刻にアクセサリー、個人生産の物が沢山ある。豊な空気が作品を生み出す。また都会のストレスから生まれた作品とは一味違ったものがありました。


今回も感じたけれど、アメリカの第一の問題はなんと言っても「肥満」


2010年8月13日金曜日

ミラクルな時間はイタリアから

 壮絶なテスト週間を終えて、ご褒美はカリフォルニアの大地。
でも、あくまで仕事、しかも今回はカメラマン一人、自分のみ。結構気合い入れて撮影する予定。

 最近、吉本ばななの「とがけ」っていう短編集にもってかれた。電車の中で会う偉大な人、川の話、一瞬で吉本ばななの世界に引きずり込まれた。今までいろんな人から進められたことはあったけど、何ページか読んでやめることが多かった。ふとしたタイミングで本棚から出て来た文庫、こういう事があるから読まないのに古本屋とか行くと大量に本を買い込んでしまうんだよなと実感した。
 それと読むタイミングの重要性。いくら進められても自分のタイミングじゃないとしっくりこない。レンタルで5本、DVDを借りても2本しかまともに見れないのと一緒。

 今回の旅に忍ばせた本は「セロ弾きゴーシュ」と「基本英文700選」、セロはもう何度も読んだけど、飛行機の上で読んでみたいと思ってふと鞄の中に、英文は毎回実感する英語力のなさに嫌気がさして、本気で勉強してやろうと思って。(あくまで意気込み!)

 昨日、原宿でラモス瑠偉を見た後に、陽気なイタリア人に話しかけられた。日本について初日、表参道ヒルズに買い物に行きたかったらしく、つたない英語で道を聞かれた。お互いつたない英語での会話。その後に残ったのは、陽気な英語と彼女の笑顔、PM8:30分、二人は日本の閉店時間を知らない。だけどそれが旅行者の特権。知らない事が特権とされる旅行者、明日からのカリフォルニア、分からないことは下手な英語でいいから聞く、基本に戻って知らないことを楽しむ。

ではいってきます。

2010年8月2日月曜日

超回復の原則



「筋肉は過負荷を受けると、筋肉を形成する筋線維の一部が損傷し、一旦筋力が低下する。その後およそ36~72時間で元の水準まで回復したのち、再び同様の負荷に備え、元の水準を超えて筋線維を成長させる」

これが超回復の原則だ。この際にしっかりとした睡眠や栄養補給など様々の要因はあるが、単純に考えて一度負荷を与えられた筋肉はくるべき次の負荷に備えて、より一層強くなるということだ。
それと似た現象が、自分の中(脳内もしくは精神)に起きた。

先週から今週にかけて20教科近い科目のテストが2週間の中に組み込まれた。
もちろん分かっていたことなので、それなりの準備をするべきだったのだが、多少仕事に力を入れ過ぎたことと、先週末に体調を崩したことで、切羽詰まった状況になってしまった。

先日、一周目をなんとか怒濤の詰め込みで乗り越えた。
「理解する」「納得する」を端に寄せて、兎に角ブルドーザーみたいに端から端まで憶える。
シンプルだけど、体力が必要だった。

そんな一週間を終えて、束の間の休日は目覚まし時計をセットせずに、睡眠。

そして目覚めて資料に目を通して、しばらくして何かが変わったのがが分かった。
「集中力の質と時間の長さ」これぞ、まさに超回復。

これを慣れと呼ぶのか、成長と呼ぶのかは分からないけど、残りの一週間の一踏ん張りを楽しみたい。

2010年6月11日金曜日

Into The Wall

多くの物事は言葉で表現できる。

人と話すことによって、お互いを理解できると学んできた。多くの事を話すことによって、より広い領域でお互いを理解できると思っていた。

しかし、自分の真意を伝えることは難しい、自分の気持ちを伝えようとすればするほど、自分の気持ちや言葉に靄が掛かったようになってしまう事がある。

時には言葉というコミュニュケーションを遮断して、感じるという事も大切かもしれない。

全ての物事を論理化する事はできない。

雨降りの多い季節は多くの壁にぶつかる。

2010年6月5日土曜日

危機感の継続

続けようと思ったことを、純粋に続ける事は難しい。

今までに何度も、これから毎日、何かをしようと思ったことはあるが、あらゆる言い訳や、言い訳を言うまでもなく、当然のごとく、止めてしまった。


そんな思い出は沢山ある。

それでも幾つかは続けている自分なりに自分のペースで続けている。いつか実を結ぶ日が来ることを信じて。