自己紹介

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東京都中野区を拠点に活動中。 2002年よりFESN(カメラマン) 2008年よりDiginfo(映像編集) 2009年より理学療法士養成校に入学

フィジセラBlog

2010年8月2日月曜日

超回復の原則



「筋肉は過負荷を受けると、筋肉を形成する筋線維の一部が損傷し、一旦筋力が低下する。その後およそ36~72時間で元の水準まで回復したのち、再び同様の負荷に備え、元の水準を超えて筋線維を成長させる」

これが超回復の原則だ。この際にしっかりとした睡眠や栄養補給など様々の要因はあるが、単純に考えて一度負荷を与えられた筋肉はくるべき次の負荷に備えて、より一層強くなるということだ。
それと似た現象が、自分の中(脳内もしくは精神)に起きた。

先週から今週にかけて20教科近い科目のテストが2週間の中に組み込まれた。
もちろん分かっていたことなので、それなりの準備をするべきだったのだが、多少仕事に力を入れ過ぎたことと、先週末に体調を崩したことで、切羽詰まった状況になってしまった。

先日、一周目をなんとか怒濤の詰め込みで乗り越えた。
「理解する」「納得する」を端に寄せて、兎に角ブルドーザーみたいに端から端まで憶える。
シンプルだけど、体力が必要だった。

そんな一週間を終えて、束の間の休日は目覚まし時計をセットせずに、睡眠。

そして目覚めて資料に目を通して、しばらくして何かが変わったのがが分かった。
「集中力の質と時間の長さ」これぞ、まさに超回復。

これを慣れと呼ぶのか、成長と呼ぶのかは分からないけど、残りの一週間の一踏ん張りを楽しみたい。

2010年6月11日金曜日

Into The Wall

多くの物事は言葉で表現できる。

人と話すことによって、お互いを理解できると学んできた。多くの事を話すことによって、より広い領域でお互いを理解できると思っていた。

しかし、自分の真意を伝えることは難しい、自分の気持ちを伝えようとすればするほど、自分の気持ちや言葉に靄が掛かったようになってしまう事がある。

時には言葉というコミュニュケーションを遮断して、感じるという事も大切かもしれない。

全ての物事を論理化する事はできない。

雨降りの多い季節は多くの壁にぶつかる。

2010年6月5日土曜日

危機感の継続

続けようと思ったことを、純粋に続ける事は難しい。

今までに何度も、これから毎日、何かをしようと思ったことはあるが、あらゆる言い訳や、言い訳を言うまでもなく、当然のごとく、止めてしまった。


そんな思い出は沢山ある。

それでも幾つかは続けている自分なりに自分のペースで続けている。いつか実を結ぶ日が来ることを信じて。



2010年4月26日月曜日

in to the wild

この映画から学ぶものは何か?
この作品が言いたいこと何か?

いつも映画や小説、音楽に触れる時は意識するようにしている。そうしないとただぼんやりとした時間が過ぎてしまい、輪郭の滲んだ水彩画のような気持ちになってしまう。もちろん、そんな気持ちになりたい時は何も意識せずに活字を眼で追い、何も考えずにヘットホンをする。

けれど、初めての作品に触れる時はほとんどの場合、作り手の意図することを読み取ろうとしてしまう。ある意味、警戒心に似た感覚かもしれない。もちろん始めは好奇心だった。しかし、幾つかのがっかりさせられる作品に出会ってから徐々にそんな気持ちになったような気がする。

「in to the wild」この映画が伝えたいこととは何か?
正直、見終わった直後の感想は、出口のない地下室に居るような、息苦しさを感じた。直ぐに感想を言葉にすることが難しく、悲観的な意見が頭の中を飛び交った。しかし、時間が経つにつれて、endingのラスト10分間の映像と台詞が頭の中で反復し始めた。それはよく耳にするような、人生とは何か?というような命題ではなく、実際に肌を切られたような物理的な痛みに似た感覚で、何時間も歯を食いしばったような疲労感がそこにはあった。

究極の選択として、彼のした事が間違っていたのか、間違っていなかったのか?
答えを限局することによって、ぼやけたピントの焦点をあわせることができる。
僕の考えとしては、自分ならどうするか?そう置き換えるなら、答えは多少の靄が掛かっているにしろNO。つまり、彼と同じ行動をとらないし、彼の行動を非難する。けれど、彼が僕の心に刻んだ傷は深い。ということになる。

監督がショーンペーンというのも驚きだし、彼が主演を勤めたデッドマン・ウォーキングやミスティクリバーを見終えた時にも同じような感覚に襲われた気がする。

2010年4月12日月曜日

始まりはいつも雨

早朝の曇り空は夜の終わりを拒んでいるようだった。

空を覆う雲は何かの始まりを予感させた。

降り出した雨がそれを確信に変える。

常に一つの出来事は何かを象徴している。


さて、今日の雨の降り止まない雨は何を暗示しているのか?



2010年3月13日土曜日

最終日

2度もフライトを変更したカリフォルニアツアーも最終日を迎えた。
最終日にふさわしい霧の濃い本降りの雨、そして夕暮れ時に微かに顔を出した太陽が見慣れたぶどう畑を照らして、ここで過ごした2週間を思い出させた。
何度も往復したSilverado Trail、しばらくこの道も通る事はないだろう。







始めは美味しかったアメリカン料理も腰回りの違和感とともに敬遠しだした。
日本に帰ったら、運動と食事療法で贅肉を落とそうと思う。

とにかく、来る時の1.5倍に増えた荷物をパッキングしなくては。

2010年3月10日水曜日

またもや、ナパへ



本当なら今頃、太平洋の上を飛んでいるはずでしたが、仕事のいろいろでまたもやナパに移動することになりました。

3日間と短い間でしたが、約10年ぶりのサンフランシスコ、あの時から自分はどう変わったのか、あの時には無かった経験、あの時にあった好奇心、自己研鑽することで得たものと失ったもの、茶色いレンガの道をゆっくりと歩きながら考えました。

答えはいつも同じところに辿りつきます。今を正当化して前を向くことだけ。

今回4年ぶりにあったケン君も相変わらずのイケイケっぷりに脱帽、アメリカ人よりもアメリカ人、でも強い人間こそ人の痛みを沢山知っている。改めてそう感じました。
「大変ばっかり言ってても前に進まなねぇ、やるしかね」

最後に綺麗な景色が見たいと言ったら、「お前オカマかよ」と言いながら最高のスポットに案内してくれました。